旅が始まった。

南アフリカ共和国からスタート

喜望峰 空が青く綺麗

バイクとの再会

日本から船に乗せ、遂に相棒との再会を果たした。

バイクを乗せていた船が、ケープタウンの直前で荒天のため停滞していた。
待たされることはよくあることだが、そんなことよりも荒波のなかを航海してきたので、バイクに破損がないかが気がかりだった。

そんなことを気にしながら、木箱に入ったバイクを開封してみると、全くの無傷で一安心。
梱包業者が丁寧に作業をしてくれたおかげである。

ケープタウンにて

話は戻って、ケープタウンで船を待っていた時の話。

道路にダチョウが出てくる

することもないので、ケープタウン観光を楽しんでいた。

そんな旅を楽しんでいる真っ只中のことだった。
突如として、携帯が壊れてしまったのだ。

予備の携帯を持っていたため、事なきを得たのだが、それ以上に、自分自身の携帯への依存度にびっくりしてしまった。

30年前とは違い、携帯のおかげでとても便利になっているんだと、改めて実感した出来事であった。

タイヤを求めて…

バイクが到着したので、色々と走り出す準備を始める。

まずは、タイヤ交換。
何万キロと走る今回の旅、ロングライフのタイヤが必須だと考えていたので、日本でBMW純正のタイヤに履き替えていた。
しかし、よく考えると、このタイヤでアフリカの砂漠を走るのはとても無理があるんじゃなかろうか(上の写真を見てもらえればわかるように…)。

そう思って、現地のバイク屋さんを訪れた。

するとビックリ、思いの外豊富にタイヤを取り揃えており、私のF800GSに適合するタイヤは、いくつかの銘柄からチョイスが可能だった。
今回は、アナーキーアドベンチャーを選択した。

そのバイク屋のオーナーが日本好きで、ワールドカップの時に日本へ行ったことがあるらしい。
上野や秋葉原の話を、とても楽しそうにしていた。

そんな遠い日本から来てくれたということで、オイル交換をタダでやって頂いてしまった。
タイヤの価格も日本の6割程度で買えた。

ありがとう!

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多様性の国

アパルトヘイト政策がつい30年前まで行われていた、ここ南アフリカ。
人種によって居住地は分かれており、ショッピングセンターなども、なんとなく白人が多いところがあったり、黒人が多いところがあったりと、その名残を感じることもある。

そこにやってきた私、アジア人は、とても中途半端な立ち位置である。
一体どうすればいいのだろうか、初めのうちは違和感を覚えながら滞在していた。

しかし、滞在しているうちに、そんな感じ方も徐々に変化してきた

よく似ている。南アフリカの妹?
互いに仲良くやりたい気持ちはあるが、まだまだ時間必要だと言っていた。

日本人でいう差別・格差はあるのだが、その違いを多様性として互いに受け入れているように感じた。30年前まで、アパルトヘイトの中で生きてきて、そんなに簡単に変化出来るものではないのかと、ある意味、彼らも被害者なのかもしれない。と名誉白人の日本人は思う。(名誉白人とは1980年代に南アフリカで本来差別されるべき日本人に対しての経済的な理由であたえられた呼び名で、笑ってしまう)日本人で結構

写真の家族はホームスティ先のオズワルド夫妻、子供たちの肌の色が違う、聞けば養子縁組をしているとのことで、とても愛情深く育てている。

オズワルド夫妻は今の南アフリカで勇気ある行動である。そんな彼が「微力だが無力ではない」との言葉はとても心に響く一言であった

南アフリカ北部のお花畑