amigoとの出会い
ブラジルでは、とある家族に大変お世話になった。
娘のシューシャと、そのファミリーだ。
当初は2,3日程度の滞在予定だったのだが、
僕が日本から来たと話すと、喜んで色々と案内したり、良くしてくれた。
なんだか楽しそうなので、しばらくここに滞在することにする。

娘のシューシャはとても優しく、親父さんも素敵な人で、
楽しく過ごすことができた。
ここでの滞在中の費用はほとんど負担してくれていた。
さすがに申し訳ないので払わせてくれ、と言っても、親父さんは
「これからミツルが困った人が居たら、そこで返してくれ」
と言って最後まで受け取ってくれなかった。
ああ、なんてグレートな親子なんだろうか。
amigoに学ぶ、「豊かさ」とは
ブラジル人と交流してみて、感じたことがある。
ブラジルのGDPは、日本と比較すると低く、いわば「貧しい」と言われる国だ。
当然、日本人のような勤勉さも皆無。
しかし、ブラジルの人たちは、いつだって笑顔で満ち溢れているのだ。
シューシャの親父さんはこう言っていた。
「ブラジルには作物、資源があり、沢山働かなくても生活できる。
だから人間がダメになる。
日本には資源がないので、働いて沢山努力することで、人も経済も発展した。
若い時は、目に見えて豊かな先進国に憧れたものだが、最近は嫌だな。
お金が沢山あっても、人生がつまらないな、のんびりなブラジルが良いんだ」
日本は、資本主義のもと、富の発展を絶対的なものとして成長してきた。
それを当たり前として享受してきた僕にとって、
親父さんのこの言葉はとても印象的だった。
これは全くの偏見なのだが、ブラジルは貧しい国というイメージを抱いていた。
しかし、その「貧しい」という価値判断こそが、日本的な価値観によるもの。
当のブラジル人は、自分たちが貧しいだなんて、まったく思っていない
ということに気づかされた出来事だった。

