18.日本 in ブラジル

サンパウロから、バイクで1日走ったところにある、弓場農場。
ここには沢山のツーリストが訪れ、衣食住をともにしながら、
農作業のお手伝いをしている。

たった数週間の滞在ではあったが、沢山のものを感じる、
有意義な時間であった。

ブラジルの中の日本ともいうべき弓場農場。
そこでの生活を通して、改めて日本という国の素晴らしさを再確認することができた。
もしかしたら、日本人すら忘れてしまった”日本らしさ”を再認識できる、
貴重な場所かもしれない。

そのマインドは、今のエコビレッジにも通じるものがあると思う。

ブラジルの日系人

ブラジルの日系人はとても尊敬されており、日本人の勤勉さと頑張りがとても信頼されてるようだ。
おかげで、色々と楽しい思いをさせていただいた。

​サンパウロからイグアスまで向かう7日間、すべて日系人の方々のお宅にお世話になった。
皆さん「明日はどこに行くの?」と聞いて、その近くにいる日系人のお宅を紹介してくれた。
そうして一宿一飯に預かりながら、イグアスに向かっていた。

その中でも、移民1世の武藤さんの話がとても印象に残っている。

武藤さんは終戦を南方の島で迎え、しばらくは終戦を知らないまま、
仲間たちと洞穴なかで野戦​をしていたとのこと。

食料も底をつき、いよいよ食べるものが無くなると、蛇・虫・カエルなど、
口に入りそうなものなら、なんでも食べていた。
それでも、十分な栄養を摂ることができていなかったため、
栄養状態が悪化して、仲間が一人、また一人と亡くなっていった。

「人間空腹状態が続くと、とんでもないことを思いつくもので、昨夜亡くなった仲間が、肉の塊に見えてきて辛かった」とのこと。
食べるという選択肢もあったが、仲間と話し合った結果、​埋葬することになったそうだ。

食料のない辛さは、物に恵まれている僕たちには、想像すらできないことかもしれない。​